おさかな日記

ステージ4の胃癌闘病だらだらブログ

  

 

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雅(みやび)

Author:雅(みやび)



愛知県在住、41歳、女。

38歳で胃癌を罹患。39歳の時、2014/1/17に胃全摘手術を受けました。
病期はステージ4、現在「クルケンベルグ腫瘍」進行中。
「SP療法」3コース、「IRIS療法」14コース、「XELOX療法」7コース、「サイラムザ療法」6コースを受け、標準治療終了。
現在は病院生活で緩和ケアを受けています。
カテゴリ「おおまかな病歴」を参照してください。

自身の記録を兼ねた、胃癌闘病…と呼ぶにはちょっとアレな、胃癌日記です。

ブログタイトルは、水族館が好きという趣味によります。
 

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2014. 02. 13

●どん底から退院まで

術後13日目、1/30(木)。

前日のフルコースカウンセリング(笑)のおかげもあり、良く眠れました。
例によって朝一番で徘徊、朝ご飯。
前日に聞いてた通り、全粥が出ました。しかし、看護師さんの心遣いのおかげでデザートにプリンがついてきました。ご飯は半分も食べられず残しましたが、プリンがとても嬉しく、おいしかったのを覚えてます。

その後、朝の回診で主治医とお話。泣いてるのを何度も見られたりと、主治医と顔を合わせるのが気まずかったです(笑)。とにかく、慌てる必要なんてないから、ゆっくりほどほどに、と、いつもの優しさで私をなだめてくれました。

で、主治医の許可をもらい、午前中、術後初めてシャワーに入りました。とても気持ち良かったのですが、シャワー後とても疲れてしまい、しばらく寝てました。寝ていたけど、何だか今度は傷口が傷む気がしました。昨日の今日で、これ以上迷惑かけたくないけど…内緒にする訳にもいかないので(笑)、こっそり看護師さんに報告。報告してたら何故か主治医とばったり(笑)。思わず「うわ」って言ってしまう私(笑)。内緒はダメだよ、些細な事でもちゃんと話してね、と釘を刺されました(笑)。す、すみません…。まぁ、看護師さんに報告した時点で内緒も何もないんですけどね…しかしすごいタイミング(笑)。ちなみに傷口は、シャワーでびっくりしただけで大丈夫、との事。とりあえずこの日は痛かったので、1日ゴロゴロしてました。

あ、お昼ご飯にもプリンがついてきました(笑)。どうやら毎食つく事になったみたいです(笑)。
さらに15時の間食で、クリームコンフェなる、見た目完全にパンケーキのお菓子が出ました。まさかこのおやつも看護師さんの仕業…?と思って聞いてみたら、ただの偶然らしかったのですが…とても嬉しく、おいしく食べられました。
いいテンションを保てて、晩ご飯もそれ程ストレスなく(プリンあるし)旦那さんと喋りながらおいしく食べられました。

そして。
夜、昨日の約束通り、主治医から、病理検査結果と今度の治療についてのおおまかな説明がありました。主治医、私、旦那さん、3人で個室で小一時間、話をしました。
内容は、先日の通りです。
(ちなみに、ネットで調べたら「洗浄細胞診」のページがヒットしました。
http://www.kokura-hp.jp/hanamegane/i/term%20explan/senjo%20saibosin.htm
まさにこれです。これって私の事じゃね?という程そのまま当てはまります)

愕然としました。
術前の説明で明らかな転移はないと聞いていたし、手術して癌を取ってしまえば治る、と、ずっと思っていたからです。
しかし、実際やってみないとわからない、と、何度も言われていて、そういう結果が出てしまった、という事でした。
説明が終わり椅子から立とうとした時、足がガクガク震えてました。立てる気がしなかったのですが、隣にいた旦那さんの顔が思いの外ホッとしているのに驚き…その違和感に気を取られ(笑)、無事歩いて病室に戻れました。

後から聞いた話なのですが、旦那さんは術後すぐの説明や、その後の面談で、主治医から、かなり厳しい状況だ、と脅かされていたそうです。抗癌剤治療ができるレベルではないかもしれない、という意味に取れる主治医の発言や、術後は身体の回復が第一だから、回復に集中できるよう、本人から聞かれるような事がなければ絶対話さないように、などなど。詳しい結果が出るまで、1人で抱えて苦しんでいたそうです。つまり旦那さんは、この病理検査結果は、最初に脅かされていた感じより希望があるものだった、と、逆に安心していたのでした。

旦那さんが帰った後、すぐに眠剤をもらい、すぐ寝ました。
しかし真夜中2時半にぽっかり目が覚め…ずっと起きていました。特に何を考える訳でもなく、涙が出て止まらなかった訳でもなく…。とにかく、ずっと眠れませんでした。
眠れないので、ふと思いつき、病理検査結果の内容を文章でまとめ、何回も読み返しました。でも、明文化できる程理解してるはずなのに、頭は真っ白。
癌という病気に対する覚悟が足りていなかった自分。
ただただ、呆然とし、そのまま朝を迎えました。



術後14日目、1/31(金)。

ほとんど寝ていないので疲れているはずなのに、頭は冴えていました。
いつものように朝一番で徘徊し、病室に戻ると、朝ご飯が届きました。しかし、とても食べる気にはならず…お茶碗の蓋も開けず、放置。全残しです。しばらくして、看護師さんが様子を見にきてくれましたが…また食事を残してしまった事に耐えきれず、看護師さんの目の前で号泣してしまいました…。

その後、朝の回診で主治医。早くから心配して来てくれました。
昨日の事で、眠くもないし、ご飯もとても食べる気にならない。そもそも、何をしたらいいかもわからなくなった、と、その時の気持ちをそのまま話しました。
主治医は、顔色の悪い私を見ながら…、とりあえず、今やれる事は、退院を目指す事。眠れなかったら、横になって目をつぶるだけでも回復するから気にしない。ご飯も食べられなかったら無理しなくていいけど、退院を目指すなら4割は食べないと体力的に厳しいかな、でも焦らすつもりはないから、自分のペースでやれるように、ゆっくりでいいから、と…。相変わらずの優しさで…眩しいくらい(笑)でした。

しかし、食べられないものは食べられない。朝ご飯はおろか、10時の間食も全残しです。
食べないと暇なので、ずっと病室にこもってゴロゴロしてましたが、トイレに行く時などで外に出ると、入院中仲良くなった他の患者さんたちに会い…声をかけられ、話しをしたりしてるうちに、少しだけ、気持ちが浮き上がってきました。
お昼ご飯。ちょっとだけ食べる気が起きたので、少し食べてみました。だいたい2割。残して、またちょっと落ち込んだり。

実はこの日、栄養士から退院後の食事指導があり、旦那さんが14時半くらいから病院に来て一緒に話を聞いてくれてました。内容は先日聞いた事とほとんど同じで…どちらかというとカウンセリングに近い感じでした。とにかく、食べ物そのものではなく、食べ方に気をつければ大丈夫、徐々にいろいろなメニューが食べられるようになるから、あせらずに、との事。…他は正直、あまり頭に入っていませんでした…ごめんね栄養士さん…。

話が終わり、一旦旦那さんが帰るのを見送る最中、手術が終わったばかりの主治医が私を見つけ、声をかけてくれました。焦らせるつもりはないけど…と言いつつ食事の事を聞くので(笑)、お昼ご飯は2割…と告げると、食べただけでも十分、あせらずゆっくりでね、と、励ます主治医。励まされるが、いやいや、先生朝4割って言ってたから全然ダメだろ私…と、また落ち込む。

次に来る晩ご飯はどうしてくれようか、まぁ今日は気持ち的に食べられないので無視しようかな、とか考えていました。
落ち込んだ気持ちのまま夕日を眺めていたら、仲良くなった患者さんがやってきました。私の倍の人生を歩んでらっしゃる彼女は、おしゃべりしながら私を励ましてくれました。いろんな話を交え、2人で笑う。女子だけのちょっと秘密な話がとても楽しかったです。笑ったら傷口が少し傷んだけど…元気が湧いてきました。やはり笑うのはいい事です。急に、食事しようかな、という気が湧いてきました。

元気と勇気をもらい、晩ご飯を食べる。結局残したけど、主治医が言ってた4割をクリア。少しずつだけど、現時点から先へと、進み始める心構えができました。

今できる事をやる。
退院を目指すため、食べる。
この晩、やっと、前進しました。



術後15日目、2/1(土)。

前日に笑ったおかげもあり、気分的にも良好。
いつものように朝一番で徘徊し、朝ご飯。
軟飯という、お粥と普通のご飯の間が出てきました。これが病院で出される、胃術後常食の最終形態だそうです。とても柔らかいけど、ご飯の形をしてる食事が嬉しかったです。
4割目指して食べました。
で、無事食べられたのですが、食後に歯を磨いてたらちょっと気持ち悪くなってしまい…ダウン。多分ダンピング症状です。ちょっとペースが速かったようです。看護師さんに報告し、そして仕方ないのでしばらく寝てました。

だいぶ落ち着いた頃、主治医がやってきました。
私を見、今日はだいぶ顔色がいいね、と安心した風でした。そして、「こっちはいつまでもいてくれていいけど…自分としてはどう?一旦退院してみる?」と。
このままでは何も変わらない。
ここで、2/3月曜日退院を決めました。主治医に誘導された気もしますが(笑)、一応、自分で決めました。

自分で決めたので、あとは目指すのみ。
10時の間食、お昼ご飯も、できる範囲で食べました。
食べられた、という満足感もあり…午後は気分的に良好でした。

そして、他病棟まで散歩に行く途中、病院内で仕事をしている同僚に会いに行こう、とふと思い立ち…会いに行きました。会えました。仕事中だったのですが、同僚は時間を作ってくれました。すごく重い話をしたにもかかわらず、同僚はいつものように接してくれました。とてもとても嬉しかったです。
たくさん歩いて疲れたので病室に戻り、休む。でも気持ちはとても軽かったです。
15時の間食は、難なくクリア。18時の晩ご飯も、5割をクリア。いい感じです。

晩ご飯後に休憩してたら、仕事が終わった同僚が病室に会いに来てくれました。
普段は休憩時間に一緒に昼ご飯を食べ、その時に話すのは雑談くらいだったのですが、この夜は、いつも以上のたくさんの話をしました。互いに笑ったり愚痴を吐いたり。いっぱいおしゃべりしました。笑うのはいい事です。さらに喋った事で、ストレスもかなり解消できました。復帰するのを待っているから、と、笑顔で言ってくれた同僚。とても嬉しかったです。すごく、すごく、元気をもらいました。



術後16日目、2/2(日)。

朝5時半くらいから眼が醒め、何となく起きてました。とりあえず、ご飯前に徘徊し、身体を動かす。そして朝ご飯。何とか4割食べられました。

食べ終わって休憩してると、朝イチで旦那さんが来てくれました。日曜日だったので、この日は1日ずっといてくれました。
旦那さんが来た後、看護師さんが食事の量を確認しに来て(仕事、仕事です)…でもその時また追い詰められた気がして、かなり落ち込む。

気分を変えるため、音楽聴きながら徘徊してたら、廊下で主治医とばったり。調子はどう?と聞かれた私がかなり微妙な反応だったのを気にかけた主治医は、廊下にある椅子に一緒に座り…話を聞いてくれました。ここでの話で、食事のストレスが半端ない、という事を私は再確認し、同時に主治医も理解したようでした。確かに出されたご飯残すのはイヤだよね…と。やっと、なぜ私がそんなに苦しんでいたか分かったようでした!やっと!!

…えーと、これは私の想像で事実ではないのですが…胃癌患者は高齢者が多く、ほとんど心の苦しさを表現することなく、医師の指示をきちんと守り退院していく…そんな患者が大半を占めていて、ストレスによる経口摂取不良で入院期間が伸びる患者の経験がなかったのかなぁ、まぁ逆に私の事で主治医の経験値がアップしたのならばそれはそれで結果オーライかなぁ、と(笑)。…うーん、ちょっと偏見多いし、飛躍しすぎですかねいろいろ…(笑)。性格悪いな私(笑)。…しかし主治医も、半分でいい、と指導していたら、あえて半分しか食べてなかった患者もいた、という話もしてたし…、あと、後からの話なんですが、退院日の朝、病棟内の胃切患者とようやく巡り会い、少し話をしたのですが…そのお爺ちゃんは、そこまで食事に対してストレスを感じている風ではありませんでした。話していても、あれ?うーん?という感じで…ここまで思考が違うものなのか…と、個人的にはかなり驚きでした。この場所でこんなに悩んでるのは私だけなのか?マジで?と…。意外と想像合ってる…かも…。。。
まぁ、とにかく。かなり遅いですが、想像以上に食事へのプレッシャーが半端ない、と確認できて良かったです。詳細は先日の日記の通りです。

この日は、時間がある時は、ずっと旦那さんと話をしていました。今現在の心境、入院中の出来事、今後の治療の事、家族の事、仕事の事、などなど…。散歩したり、病室でゴロゴロしながら、たくさん、たくさん話をしました。あんなにたくさん話をしたのは、かなり久し振りな気がしました。
話す事で、確認できる事がある。話す事がストレス解消になる。言葉を発するのはいい事です。

翌日退院、という目標もあったけど、とても穏やかな気分で過ごせ、食事もほぼ目標通りクリアでき、良く眠れました。



術後17日目、2/3(月)。

ついに迎えた、退院予定日。
いつものように、朝イチで徘徊、朝ご飯、です。調子が良かったので、食事は半分以上食べる事が出来ました。

少し休んでいると、「どう?退院できそう?」と朝の回診で主治医。「できるというか、退院します。」と答えた私を確認し、次の外来の話をし、帰っていきました。…が、歯を磨こうと準備している所へ再び顔を出し、「外来まで待たなくても、いつでも相談してね」と一言。私が「食べられなくなったらすぐ行きますよ」と冗談めいて言うと、「食べられるようになるよ。…って、これもストレスか」と苦笑する主治医。やっと分かったのね、と、心の中で苦笑した私でした。

9時くらいまでパジャマのままでゆっくり休憩した後、着替えて化粧。うわーい何週間振りの化粧だろー見事に顔ボロッボロやなー…とか思いながら化粧(笑)。
身なりが整い、荷物が片付いたところで、お世話になった病棟の患者さんたちにごあいさつ回り。人の繋がりってすごいですね…いろんな出会いがありました。
病室で請求書が届くのを待ち…待っている間に旦那さんが迎えに来てくれ…そして、無事、退院。
帰りがけに、私を見かけた病棟の師長が声をかけてくれました。お世話になりました。



という訳で…
2014/1/16(木)入院、2014/1/17(金)手術、計19日間という期間を経て、2014/2/3(月)退院しました。
最初は約2週間という事だったので予定期間オーバーなのですが(笑)、まぁ誤差の範囲と思っておきます。いろいろあったし(笑)。




入院中、主治医や看護師さんたちにはホントにお世話になりました。
同じ病棟で知り合った患者さんたちにもお世話になりました。廊下ですれちがう私に声をかけ話し相手になってくれ、何度も励ましてくれました。本人も大変なのに…ホントにたくさんの元気をもらいました。
直接お見舞いに来てくれた同僚や友人、メールやネットでぼやく私を懲りずに励まし続けてくれた友人たちにも、本当に何度も助けられました。
たくさんの方々に感謝です。

そしてもちろん、旦那さんには苦労をかけっ放しで、感謝してもしきれません。
むしろ、これからが本番、か(笑)。

ありがとうございます。
そして、これからもどうぞよろしくお願いします。




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2014. 02. 12

●食事のストレス

入院中に、食事のストレスについて綴った文章です。

こんな事を感じていて、退院が延びていました…はぁ。
自分が「出来ない事」がプライド的に許せないので…入院中、とても苦しんでました。身体そのものの回復がかなり順調だったので、それに合わせて食事も順調に進んでいなければいけない、出来ていて当然…と思い込んでたようです。病人のくせに(笑)。

めんどくさいな、自分!


* * *


とりあえず、現在の食事について。

1/29(水)の顛末は、その日の晩に来た旦那さんに全て話しました。その他、同じ病棟で仲良くなった患者さんとここ数日のおしゃべりで気づかされたり、主治医と話をして、自分自身再確認できた事がありました。

「食事」が、自分が頭で思っている以上にプレッシャーだ、という事です。

食べ方の訓練そのものはそこまで苦ではないです。「少量を良くかんで、ゆっくり時間をかけて」は、きちんと守って食べてます。食べてる最中に飽きてきますが(笑)、30分くらいかけて、ホントにだらだら、時間をかけて食べています。

問題は、心理的プレッシャー。出された量の食事はなるべく残さず食べなければ、と、自らを追い詰めていました。

運ばれてくる食事は、ぱっと見、多い。たぶん、健康な時の私でもやっと食べられる量。結構たくさんあるし、ほどほどでいいから、と言われてるけど、がんばって食べれば主治医や看護師さん、旦那さん、みんな喜んでくれる。そもそも、残さず食べる、という考え方で今まで人生歩んで来たから(笑)、出された食べ物は極力残したくない。でも身体的に、全部はとても食べられない。申し訳ない気持ちのまま、残す。そして仕事なので当たり前なのだけど、主治医や看護師さんから「どのくらい食べられた?」と、毎回毎回食事の量を聞かれる。何度も聞かれるうちに、だんだん「今日はこれだけ食べられた」ではなく、「これだけしか食べられなかった」と思うようになっていた…。
食べなければ体力がつかず回復が遅くなり、ますますみんなに迷惑がかかる。しかし食べられない。それでも食べなければ…。

ちょうど術後の痛みも引き、ドレーンや点滴が外れてきて、もう元気になって食べられる、と錯覚していた部分もありました。

「胃がない」という自覚が足りてなかったのです。

身体と心がズレたまま、食事は日に日に五分粥、七分粥、とどんどん進み…、そして全粥が出た日、出された量をまともに食べられない事がストレスになって、迷走神経反射なる症状でぶっ倒れたのでした。


まぁ、結局精神論なんですが(笑)、現時点でも、食事を残すストレスは半端ないです。食べられる量だけで終了…いやいや、残しちゃもったいないだろ、と。
主治医には散々「半分で合格なんだから残してもしょうがない」「食べる量は減って当然」と言われていますが、なかなか割り切れず、難しいです。


なので…
退院したら、食事を出す量は自分で調整できるし、どれだけ食べたか誰からも聞かれなくなるし、で、少しはストレス減りそうで良かったなぁ~、とか考えております。いやホントに。

まぁ、時間かけて、割り切れるように、心も訓練したいと思います。





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2014. 02. 11

●病理検査結果と治療方針

1/30に説明された、主治医からの病理検査結果報告と今後の大まかな治療方針です。



病理検査結果。
腹水に癌を認めたため、リンパ節以外の遠隔転移あり、という診断。
腹水に癌があったという事は、癌は胃の中だけで留まらず、胃壁の外まで通り抜けていたという事だった。


まず、手術時の詳細。
手術時、肝臓や腹膜など、肉眼で確認できる範囲では明らかな転移は認められなかった。しかし、腹水があり、手術時の洗浄細胞診という検査で腹水に癌が散らばっている事を確認。通常の開腹手術なら、開いたお腹の中を洗うための生理食塩水は2~3リットル使用するが、私の場合、腹水にある癌をできるだけ無くすため、10リットルも使って洗い流した。
この時点で、脾臓を取るというリスクをあえて犯してまで脾臓の裏側のリンパ節郭清を確実に行う必要がなくなったと判断し、脾臓はそのまま残してある。
できる限りお腹の中を洗い流したので、よっぽど癌は取り除けたはず。しかし、手術前に説明された通りの、癌の原発の胃を取り除く基本の手術だけではなくなってしまっていた。

病期、いわゆるステージは「IV」に分類。
腹水の癌をできるだけ洗い流し、肉眼で確認できる癌は残していないので、転移がない場合と紙一重ではある。しかし、リンパ節転移も病理検査結果は手術前の検査で予想した範囲より多く、何より腹水に癌があって、数値的にも陽性。遠隔転移ありなので、線引きをすればステージ4。

まだ決定ではないが、飲み薬+注射の、強い抗癌剤での治療をする事になる。実は細かい検査結果がまだ出ていないため、決められない治療薬があるが、たぶんそれも取り入れて、3種類の抗癌剤を使って治療を進める事になる。
飲み薬は「ゼローダ」。注射は「ハーセプチン」と、「シスプラチン」という強い副作用のある抗癌剤を使用。

もし抗癌剤治療を始めるのであれば、体力が十分回復した、と主治医が判断してからで、退院後いきなり開始ではない。大変だろうけど、まだ若いし、強い抗癌剤治療を進めるのが最善作、との事。


以上




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『ケモ』とは

ケモ=Chemotherapy(ケモセラピー)

化学療法(がん細胞を殺傷する作用のある薬物を用いる治療法)を指す医療業界用語。
つまり、抗癌剤治療の事です。

ちなみにケモ室=化学療法室の通称。
日帰り(外来)で点滴抗癌剤治療を受ける専用の治療室の事を指します。
『外来化学療法室』『外来化学療法センター』などの名前が一般的ですが、医師や看護師などの医療関係者はほぼ「ケモ室」と呼ぶと思います。
 

社会制度

働けないのに闘病中でお金が掛かる人にとって重要な、社会制度についての記事です。

【その1:傷病手当金】
http://osakana8989.blog.fc2.com/blog-entry-277.html

【その2:障害年金】 http://osakana8989.blog.fc2.com/blog-entry-278.html

個人の見解たっぷりですが、どなたかの参考になれば幸いです。
質問があれば遠慮無くドウゾ!
 

CNJ

 

吐き気に生姜

抗癌剤の主な副作用である吐き気には生姜が効くそうです。
抗癌剤投与3日前から、1日2回、0.5~1gが適量。
多量な摂取はかえって胸焼けを起こすそうなので、適量を守るのが吉。


 

 

 
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